―「育成要求」から始める、福祉業界の逆人材開発
福祉の世界では、長い間「法人が職員を育てる」という考え方が当たり前でした。
研修を用意する。
経験を積ませる。
役職に就ける。
次の課題を与える。
もちろん、必要なことです。
しかし、ある程度の経験を積んだ職員に対しても、ずっと法人が「次に何を学ぶか」を決め続ける必要があるのでしょうか。
弊社では最近、人材開発の向きを逆にできないかということに取り組んでいます。
法人が「あなたには次にこれを学んでほしい」と提示するのではなく、職員自身が、
「私はこういう人材になりたい。そのために、この経験をさせてほしい」
と法人に要求する。
弊社はこの考え方を、「逆人材開発」と呼んでいます。
1.福祉のキャリアは、なぜ「上に行く」話になってしまうのか
保育、介護、障害者支援、児童福祉。
領域は違っても、福祉の現場でキャリアを考えようとすると、よく似た問題にぶつかります。
一般職からリーダーへ。
リーダーから主任へ。
主任から管理職へ。
いわゆる縦のキャリアです。
でも、全員が管理職になりたいわけではありません。
そもそも「施設長になる」「主任になる」という役職名だけでは、その人がどんな価値を生み出せる人なのかは分かりません。
人を育てることに強い管理職もいる。
数字を読み、事業運営に強い人もいる。
地域とのネットワークをつくれる人もいる。
支援技術を深く追究する人もいる。
採用、人材育成、ICT、業務改善、新規事業など、現場経験に別の専門性を掛け合わせる人がいてもいい。
だから弊社は、
「次にどの役職になるか」より、「次にどんな価値を生み出せる人になるか」
を考えた方がいいと思っています。
2.「次の課題を与える」という育成にも限界がある
では、縦のキャリアだけではなく、一人ひとりにさまざまな経験を与えればいいのでしょうか。
ここにも一つ、落とし穴があります。
「次はこの仕事を経験させよう」
「このプロジェクトに入れてみよう」
「この研修を受けてもらおう」
「そろそろ後輩指導を任せよう」
これはかなり丁寧な人材育成です。
特に、仕事の基礎を身につけていく段階では有効でしょう。
ところが、構造をよく見ると、まだ育成の主語は法人です。
法人が課題を考える。
法人が経験を選ぶ。
法人が研修を決める。
本人は、それを与えられる側にいます。
経験を積み、自分なりの問題意識や興味が生まれてきた職員に対してまで、法人が成長のメニューを決め続ける。
もしくはそういう職員の育成計画を法人が考えない。
ここに、従来型の人材育成の限界があるのではないでしょうか。
3.人材開発を「逆」にする
そこで、人材開発の向きを逆にします。
法人が、
「あなたには何を学ばせようか」
と考えるのではありません。
本人に、
「あなたは、これから何を学びたいですか?」
と聞きます。
ただし、これは「好きな研修を選んでください」という話ではありません。
まず、自分の現在地を自分で考える。
これまで何を経験してきたのか。
何ができるようになったのか。
何を面白いと思うのか。
仕事のどこに違和感を持っているのか。
何が苦手なのか。
なぜか気になっているテーマは何なのか。
そして、
「自分はこれから、どんな価値を生み出せる人になりたいのか」
を考えます。
ここから先のキャリアを、法人から提示されるのを待たない。
これが逆人材開発の出発点です。
4.「得意なこと」だけからキャリアを考えなくていい
キャリア研修では、「あなたの強みは何ですか?」とよく聞きます。
もちろん大切な問いです。
でも、弊社は強みだけでは少し足りないと思っています。
たとえば、
「どうして、この支援はうまくいかないんだろう」
「なぜ職員に伝えても行動が変わらないんだろう」
「もっと家族のことまで理解して支援できないだろうか」
「現場で起きていることを、数字で説明できないだろうか」
「福祉施設だけで完結せず、地域ともっとつながれないだろうか」
こうした違和感や疑問も、キャリアの入口です。
「できること」だけで未来を考えると、今までの自分の延長線しか見えません。
でも、
経験 × 興味 × 違和感 × 社会の課題
で考えてみると、違う可能性が出てきます。
介護とテクノロジー。
障害者支援とまちづくり。
保育と組織開発。
相談支援と事業開発。
現場経験と採用・人材育成。
福祉の経験は、もっといろいろなものと掛け合わせられるはずです。
5.あえて「会社の外」を見る
逆人材開発では、もう一つ大切にしたいことがあります。
自分が働いている法人の中だけで、将来を考えないことです。
世の中にはどんな仕事があるのか。
自分と似た経験を持つ人は、その経験をどう発展させているのか。
福祉以外の業界では、自分の能力はどう呼ばれているのか。
求人を見てもいい。
大学や研究機関を調べてもいい。
他業界の企業人、経営者、NPO、社会起業家を探してもいい。
ロールモデルも、一人に決める必要はありません。
この人の専門性は面白い。
この人の働き方は取り入れたい。
この人の発信の仕方は参考になる。
いろいろな人の「ここが欲しい」を組み合わせればいい。
さらに、自分の経験が外の労働市場でどの程度評価されるのかも調べてみる。
これは、転職を勧めたいからではありません。
むしろ弊社は、
「外でも価値のある人材を、中で育てる」
法人の方が強いと思っています。
外を見せないことで人材を引き留めるのではなく、外を知ったうえで「ここで働きたい」と選ばれる組織になる。
人材不足の福祉業界だからこそ、そんな発想が必要ではないでしょうか。
6.職員から法人へ「育成要求」を出す
そして最後に、逆人材開発の一番特徴的な部分です。
本人から法人へ、育成要求を出します。
たとえば、
「この仕事を経験させてほしい」
「部署を越えたプロジェクトに参加したい」
「この分野の研修を受けたい」
「この専門家に会ってみたい」
「この資格を取りたい」
「今とは違う役割に挑戦したい」
という要求です。
普通は逆です。
法人が育成計画をつくって、職員に示します。
それを逆にする。
自分をどう育てるかについて、本人から法人へ提案する。
ただし、これは福利厚生の要望書ではありません。
だから、もう一つ書いてもらいます。
「その機会を得たら、自分は何をするのか」
研修を受けたいなら、受講するだけでなく何を現場へ還元するのか。
プロジェクトに参加したいなら、そこで何を身につけ、何を組織へ返すのか。
法人への要求と、本人の約束。
この二つをセットにします。
7.逆人材開発は「自己責任型キャリア」ではない
ここは、とても重要です。
「自分のキャリアは自分で考えてください」
だけなら、逆人材開発ではありません。
それは単なる自己責任化になりかねません。
本人が、
「こんな経験をしたい」
と手を挙げたら、法人にも責任が発生します。
できるなら、機会をつくる。
難しいなら、なぜ難しいのかを伝える。
そのままでは無理でも、別の経験で近づけるなら代替案を出す。
そして、挑戦した結果の失敗をある程度許容する。
つまり、会社が育成から降りるのではありません。
むしろ、
「法人が育てる」から「本人と法人が一緒に育成をつくる」へ。
本人主導だけれど、法人は伴走する。
弊社は、この状態をつくるところまで含めて「逆人材開発」だと考えています。
人材育成の「主語」を渡してみる
新人や経験の浅い職員には、組織が道を示す必要があります。
安全に支援するために必要な知識もある。
専門職として必ず身につけなければならない技術もある。
法人として大切にしている理念や考え方も伝えなければなりません。
だから、法人主導の人材育成そのものを否定するつもりはありません。
でも、いつまでも会社が、
「次はこれを学びなさい」
と言い続けなくてもいい。
あるところから、育成の主語を本人に渡していく。
法人が、
「あなたをこう育てます」
と言うのではなく、
「あなたは、どう育ちたいですか?」
と聞く。
本人も、
「次は何をさせてもらえるんですか」
と待つのではなく、
「私はこういう価値を生み出せる人になりたい。そのために、この経験をさせてほしい」
と言う。
そして法人と本人が、その実現方法を話し合う。
人材育成を、逆にする。
保育、介護、障害者支援、児童福祉。
人の成長を支えることを仕事にしている福祉の世界だからこそ、そこで働く人自身の成長についても、もう少し本人の意思から始めてみてもいいのではないでしょうか。
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